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Virtus Last Night

2010 年 8 月 14 日 コメントはありません

先のエントリーのとおり、六本木にあるSoul Bar Virtusでマジックをしてきました。

最後の夜ともあり、たくさんのお客さまでにぎわっている中でのマジックでしたよ。

DJプレイやソウルシンガーのライブもあって個人的にも楽しんできちゃいました。もちろんマジックも、やってる自分も楽しかったしお客さまにも楽しんでいただけたのではないかと。

そのときの様子を動画にしてみたので、よろしければ御覧ください。(トリックは収録していません。雰囲気のみです。)

- Virtus Last Night -

次回の動画はライブでのマジックをしっかり収めたものを作りたいですね。

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映画『幻影師アイゼンハイム』はマジックにはタネがあって当たり前なんだよ、ということをちゃんと教えてくれる

2009 年 12 月 4 日 コメントはありません

『幻影師アイゼンハイム』日本では2008年5月公開だから、もう1年以上前の映画を今さら見たことになる。

主人公が19世紀のマジシャンということや、ロベール・ウーダンの『オレンジの木』がGCで甦るなど気にはなっていたんだが、なぜかなかなか見なかった作品。

劇中のマジックのほとんどがGCだったとかそういうことは、いろいろなところで書き尽くされているので別の点で気付いたことを書いてみよう。

最も気になったのはウール警部が髭男爵そっ(ry

いやそういうことじゃなくて、皇太子レオポルドがフレディ・マー(ry

いやいやそうでもなくて、そのフレディ・マーキュリー似のレオポルドwがアイゼンハイムの演じるイリュージョンのタネを解説したがる、それも演技中のステージにズカズカ上がって行って結局タネがわからず怒り出す、しまいにゃ怒りに任せてアイゼンハイムを詐欺罪で逮捕だ!なんて、メチャクチャな様子を見ていてふと気付いた。

これって、数年前の日本における異常なほどのマジックブームの頃にやっていた、『タネは見破れるか?見破れないか!?』、「種がわかれば勝ち!わからなければ負け!』、『マジシャンのテクニック VS スーパースローカメラ』みたいなTV番組のノリと一緒じゃないか、と。

逮捕後にアイゼンハイムが、彼の起こす現象を本物と信じきっている(彼のことが心配で集まってきた)観客に対して言うセリフがとても印象的だ。

個人的には、マジックを勝負のように演出しているTV番組、くだらないタネ明かしで視聴率を稼ごうとしているTV番組などに対する悲しみのセリフのようにも聞こえた。(最近ではそのような番組というか、そもそもマジック番組自体少ないので特に気にはしていないが。)

聞いてくれ どうか聞いてくれ

誤解があったようだ わかってほしい

君たちがみたものはすべて幻影だ

トリックなのだ 現実ではない

死者は呼び戻せない

彼らのメッセージも受け取れない

偽りの希望を与えたなら謝る

楽しんでもらいたかった

それだけだ


幻影師 アイゼンハイム [DVD]

ここまで好感の持てる種明かしはそうそうない

2009 年 12 月 2 日 コメントはありません

ずいぶんと前に話題になった動画だが、他には類を見ない好感の持てる種明かし演技をご紹介。

なぜ種明かしをしているのに、このトリックというか演技が好感を持って見ることができるのかというと、実は演じられているのが、厳密にいえばマジックではないからだ。(*1)

この演技は後半の種明かしがメインなのはもちろんだが、この部分を面白おかしく見せるために組み立てられたエンターテインメントで、ハナからマジックのつもりなどさらさらないはずだ。見る側もそれを十分承知の上で見ているわけだが。

当ブログで紹介しておきながら、これはマジックではないと言い切るのもなんだが、個人的にはPen & Teller(動画の2人)は大好きなので、まあそういうことで。

それにしてもYouTubeに並んだコメントの一部はピントはずれもはなはだしい。

下のリンクは英語圏の人たちのコメントが付いた動画。日本のコメントとの温度差が興味深い。(動画はまったく同じもの。)

▼How to Do the Saw Trick – YouTube

*1 演じているPen & Tellerはれっきとしたマジシャン。しかも一流のエンターテイナーだ。ここで言っているのは、いわゆる普通の、不思議を全面に押し出したマジックとは違うということ。

Pen & Tellerを詳しく知りたければこちらで。

▼Pen & Teller

『世界を変える100人の日本人』その内の一人は島田晴夫師

2009 年 10 月 10 日 コメントはありません

『Cardician’s Journal No.095』の記事より。

『世界を変える100人の日本人』に島田晴夫師が登場するようだ。

2009/11/06(金) 20:00 テレビ東京

この番組見たことないんだけど、今回初めて見ることになりそうだ。

[ Haruo Shimada ]

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『きみは、ひみつがまもれるかい?』 その3

2009 年 10 月 1 日 コメントはありません

『きみは、ひみつがまもれるかい?』 その2の続き。

『きみは、ひみつがまもれるかい?』 その1はこちら。

「サーストンの三原則」に関してかなり掘り下げて書いているが、今回は原則2「繰り返し同じマジックを演じてはならない。」について。
(三原則の全文はについてはその1を参照。)

・原則2「繰り返し同じマジックを演じてはならない。」に例外はないということ

原則2を破るということは、同時に原則1をも破ることになる。起きる現象だけでなく、演技の流れまでも把握されるからだ。

その1で書いたように、「2度目の演技では観客は何が起こるかわかっているため、種を見破ることに集中して見ることができるから。」というのはその通りなんだけど、マジックによっては例外があると思い込んでるマジシャンが大勢いるらしい。

例えば、このブログのタイトルの由来ともなっている「Ambitious Card」(アンビシャス・カード)というカード・マジックがある。観客に選んでもらったカードを、カードの山の真ん中に入れても一番上に上がってきてしまう現象を起こす作品で、その現象が何度も繰り返されるマジックだ。

このアンビシャス・カードがあるために、原則2には例外があると思われているわけだ。

でもこれ、考え方が違うだろうと思う。アンビシャス・カードの場合、現象が同じように見えても、毎回、その原理というか方法を変えているためバレにくいということがまずいえる。

というよりも、アンビシャス・カードは何度も同じ現象が起きるという一つの作品(演技)であって、これを原則2に当てはめて考えるならば、やっぱり、今やったばかりの同じ作品(演技)を繰り返してはならないわけだ。(*1)

原則2「繰り返し同じマジックを演じてはならない。」に例外はない。

逆に考えるならば、繰り返してはならないのは演技であって現象ではないということになるから、アンビシャス・カードはまったく原則2に抵触していないわけだ。

・繰り返される現象

その2でご紹介した映像は見ていただけただろうか?あの映像の中で、マジシャンは2つの演技で結果的にはまったく同じ現象を起こしている。

それでも観客に気づかれないのは、原則1を守っていることもあるし、原則2も守り、同じ演技を繰り返しているわけではないからだ。(*2)

*1

  • マジシャンが違えば、繰り返す回数も方法も違い、最後のオチでカードがサイフから出てきたり、別のカードと入れ替わりの変化を起こすなど、マジシャンそれぞれでオリジナルの手順を持っていたりして、それを特にそのマジシャンの「ACR (Ambitious Card Routine)」(アンビシャス・カード・ルーティン)と呼んだりする。
  • 原則2に当てはめると、そのルーティンを繰り返して演じてはならないということだ。

*2

  • 2つの演技の間に、別の現象を起こすマジックを演じている可能性もある。
  • 2つの演技で同じ現象を起こしたあと、さらに次の演技でも同じというのは厳しいだろうと思う。多分、観客はグラスしか見ていない可能性がある。(逆にそれがミスディレクションになりそうだがw)

・実は崩壊している原則1と原則2

ここまで長々と原則1と原則2について書いてきたが、現代においては原則1も原則2も崩壊している。マジシャンの側からこの二つの原則を守るようアプローチできるのはライブの場合だけだ。

ビデオテープに録画ができるようになったときから崩壊は始まっているが、特に最近ではYouTubeなどのインターネット上の動画サイトで、気軽に何度でも同じ映像を繰り返し見ることができるようになった瞬間、完全に崩壊した。

前回ご紹介した動画も、もし1回目に見たときに気づかなかったとしても、2回目からは嫌でもその瞬間が目に入ってくるし、あのようなあからさまなトリックではなく、見た目上は完全には種がわからないマジックであっても色々と推測することは可能だ。(非マジシャンの当てずっぽうな推測が当たっていることも多々あるw)

しかも、マジックを見たときに種を推測することも、マジックの楽しみ方のひとつであることは否定できないため、それを止めることは誰にもできない。

・それでも守りたい、原則1と原則2

だからといって、ライブにおいても破っていいかというとそれは違うと思う。

もちろん、ライブであっても観客のマジックの見かた、楽しみ方を強制はできないが、種を推測するのも忘れるくらい魔法の時間にハマるという、マジック本来の見かた(と、個人的には思っている)を提供するためには大事なことであり、基本的な原則だ。

・その4に続く・・・

このテーマに関しては、次のエントリで最後とするつもりだけど、「その4」では「サーストンの三原則」における最後の砦、原則3「種明かしをしてはならない。」について考えてみる。

では、最後に個人的に理想とする魔法の時間、というか種なんかどうでもよくなるような楽しい演技を見せてくれる、Tommy Wonderの映像を。

[ Cups and Balls - Tommy Wonder ]


トリックよりも大切なもの

2009 年 9 月 24 日 コメントはありません

スウェーデンのJohan Stahl氏。ペンとコインを使ったマジック。とにかく上手いんだけど、それだけじゃない。

このような映像ではなくて、いわゆるトリック動画と呼べるような映像が、YouTubeで探すとかなり多く見つかる。手元だけを映したアングルで、カードだったらパスなどの高度なテクニックやトリックなんかを披露している映像だ。いや、個人的にはそういう動画は大好きだ。よく探しては、「おお、すげー」とか「うまいなぁ」なんて喜んでるのも事実。

でも、そういった(手元のみの)動画で披露しているものをマジックと呼べるか、ということになると話はまた別で、やっぱりそれらは”トリック”を見せているだけで、”マジック”ではないと感じてしまうわけだ。

まあ、とはいってもマジックの定義なんて人それぞれだろうし、すべてに当てはまる明確な線引きはできないんだけれども。

細かい話は抜きにしても、Johan Stahl氏の演技を見ていて、マジックにはトリックよりも大切なものがあるよなぁと強く感じた。氏のトリックは技術的に見てとても上手いんだけど、それだけでは成立していない気がする。

その辺のところを今度、掘り下げて考えてみたい。

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『きみは、ひみつがまもれるかい?』 その2

2009 年 9 月 21 日 コメントはありません

『きみは、ひみつがまもれるかい?』その1の続き。

前回の個人的な主張はこうだった。

  • サーストンの”三原則”といいながらも実は守るべきルールは1つ、「種明かしをしてはならない」だけである。
  • 原則1と2は「種明かしをしてはならない」を守るための補則にすぎない。
  • 原則3には能動的な種明かしを禁じる側面と、受動的な種明かしを禁じる側面の2つの意味がある。

原則1と2は特に「受動的な種明かし」、つまり種明かしするつもりはなくとも種がバレてしまうのを防ぐ具体的な方法を示しているにすぎないということ。

・原則1「これから起こる現象をあらかじめ説明してはならない。」の本当の意味

原則1 の理由とされるところをもう一度思い返してみると次のことがいえそうだ。

マジックは推理小説のようにこれから起こる現象を推理して当てるものではないし、びっくり箱のようにただ驚けばいいだけのものでもない。マジックは形式も種類も現象も実にさまざまで、原則1に従わないほうがいいケースは多数存在する。というのも演出によっては、これからありえない現象が起こると聞かされてから、本当にそれが起こったことを目撃したほうが、説明なしのときよりも期待感が高まり驚きもより大きくなる場合があるからだ。

実際にMr. マリック氏も「これから○○が××します。」と、宣言してから現象を起こすパターンが少なくない。逆に、カード・アンダー・ザ・グラスなどの、観客が選んだカードが思いもよらない場所から表れるような演技の場合は先に説明してはならないだろう。

ここで一つはっきりさせておきたい。もちろん、これから起こす現象について、先に説明したほうが効果的なのか、説明なしのほうがいいのかはしっかり考える必要はあるが、それよりも重要なのは”その瞬間”、”そこ”に注目されても大丈夫かどうかをまず先に考える必要があるということだ。

引き続きカード・アンダー・ザ・グラスを例にあげると、これは絶対に先に説明してはいけないのは自明だろう。なぜなら100パーセント、バレるからだ。観客に対する驚きの効果が弱まる云々ではなくバレる可能性が高まりすぎるということ。

これがグラスの下にカードがはさまっているのではなくて、カードケースなどのように完全にカードが隠れるものの中からカードが出てくる場面を想定してみる。この場合は、演技の一番初めに説明することはないにしても、カードを取り出す直前にセリフやジェスチャーでカードケースの中に入っていることを示して、観客の期待感を煽るだろう。というよりも、完全にカードが隠れるものから取り出す場合には、ある程度事前の説明がなければ観客はついてこれなくなるし、できる限り、取り出す瞬間に集中してもらうためには、セリフやジェスチャーによる”説明”が不可欠だ。逆にいえば取り出す瞬間に集中されても、それほど大きな危険はないということもいえる。

このように、原則1「これから起こる現象をあらかじめ説明してはならない。」の本当の意味は、起こす現象を推理されないためではないし、びっくり箱として驚かすためでもない。事前説明をすることによって種がバレてしまう可能性が高いのであれば、それを禁ずるということだ。もし、バレる可能性が極めて低く、事前説明によって効果的に見せることができるのであれば積極的に原則1を破るべきだろう。

原則2については「その3」に続ける予定。

今回の原則1と次の原則2を考えるうえで、次の動画が参考になるかもしれない。

[ Card Under Glass from The Art of Magic - Jamy Ian Swiss ]

真の才能 – Sand Animation / Ukraine’s Got Talent -

2009 年 9 月 19 日 コメントはありません

マジックの動画ではないんだけど、物凄く感動したのでご紹介。

ライブで見ることのできるアートといったところだろうか。砂を使って次々と絵を作り出していくのを見せてくれる。いや、魅せてくれる。言葉ではうまく説明できないので、とにかく見ていただいたほうがいいかも。

8分を超える長い映像なんだけど、引き込まれるように見ているとあっという間に終わる。絵の具や印刷物と違ってあとには残らない、決して同じものは再現されることのない儚さのようなものも感じる。努力も相当してるんだろうけど、こういうのこそ本物の才能だなあと思ってしまう。これカテゴライズするとしたらなんていうんだろ、アクション・アートだろうか?

それにしてもこの人、美人すぎじゃない?

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