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本物の魔法

2009 年 11 月 24 日 コメントはありません

今日は三軒茶屋というところで本物の魔法を見てきた。いや、見てきたという表現は正しくないかもしれない。魔法の存在を感じた、が正解。

僕は素晴らしい音楽を聴くと、そこに魔法を感じる。

スポーツ選手が素晴らしいプレーを見せてくれると、そこに魔法を感じる。

町の小さなレストランに入って意外なほど美味しい料理を出されると、そこに魔法を感じる。

絵を見ても、映画を見ても、小説を読んでも、Web上の何か新しいサービスを体験しても、駅のトイレに入ったときでさえ清掃の行き届いた様を見ると、やはりそこに魔法を感じる。

マジックにおいても魔法の意味は同じ。

本物の魔法というのは観客が選んだトランプを当てることではないし、左手に握ったはずのコインが右手から出てくることでもない。

マジックというのは現象がすべてだと思うけれどその”先”が必ずあるはずだ。現象だけ見せられても誰も心は動かさない。

心を動かす力こそが本物の魔法だ。

今日はそんなふうに感じた夜だった。

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テンヨーのiPhoneマジックアプリはもうすぐなのか!?

2009 年 11 月 6 日 コメントはありません

DSiに続き、テンヨーは、iPhone向けにマジックのアプリを来月末頃にリリースします。iPhoneらしいスタイリッシュな作品をお届けします。

iPhone & SmartPhoneチャンネル – : テンヨーからiPhoneマジックアプリの予告発表

この記事が書かれたのが9月の初め頃だから、10月末には出るかと思っていたがもう11月。

しびれを切らして開発元であるCRI・ミドルウェアの幅氏(@havahava)にTwitterで突撃質問してみた。

  • soboga:じめまして。フォローありがとうございます。はじめましてなのに突然質問でごめんなさい。havahavaさんのブログで知ったんですが、テンヨーのiPhoneマジックアプリってその後の続報ございますか?お時間あるときにお返事いただければ結構ですよ。    11:27pm, Nov 04
  • havahava: @soboga http://bit.ly/X148a の最後のほうでも触れている、マジックアプリの件ですね~!そうお待たせせずに、詳しい情報をお届けできると思います!もう少しお待ちください^^    11:59pm, Nov 04
  • soboga: @havahava おお!ありがとうございます!楽しみに待ってます!    12:06am, Nov 05
  • havahava: はい、ご期待下さい。テンヨーさんのご協力で素敵なアプリがお届けできそうです! RT @soboga おお!ありがとうございます!楽しみに待ってます!    12:23am, Nov 05

こんな感じに即答してくれた。とてもありがたいことだし、Twitterってすごいなーと感じた。とにかく、リリースされることははっきりと確認できたので一安心。

テンヨーとCRI・ミドルウェアのコラボレーションアプリ、iPhoneマジックアプリ(アプリタイトルなんだろ?)リリースと同時に購入すべく、楽しみに待ちたい。

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開けたてのBICYCLEの匂いが苦手

2009 年 11 月 3 日 コメントはありません

使うトランプは99%、BICYCLEのライダー・バックなんだけど、特に最近コーティングが強すぎる気がしてならない。どうにもこのコーティングの匂いが苦手で、開けたてのBICYCLEをさわるときは無意識に口呼吸している自分がいる。カード同士も滑りすぎるし、どうにかなりませんかね、これ。

しばらくシャッフルし続けてると、ほどよくコーティングも落ちてきて、しだいに匂いも落ち着いてくるんだけどね。

これがBICYCLEでなく、キャラバン(CARAVAN)なんかだと開けたてでもそこまで匂いは強くない。

caravan_and_bicycle左がCARAVAN、右がBICYCLE

ま、それだけのことなんだけど、とにかくBICYCLEくさいよね?という話。

匂いとは全然関係ないことだけど、なぜ「BICYCLE」とアルファベット表記したかというと、日本で定着している感のある「バイクル」という表記に違和感ありありだから。「バイクル」にしても、本来の発音からは程遠いわけで、どちらも選べなかったというだけの理由だ。どうでもいいことだけど、この「バイクル」ってやつ、日本語の音で文字通り発音すると、どうしても田舎のおっさんがしゃべってるようにしか聞こえないんだけどw

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【書評】ジェイミー・イアン・スイスのクロースアップ・マジック

2009 年 11 月 3 日 コメントはありません


ジェイミー・イアン・スイス(著)
角矢 幸繁(訳)

マジシャンであり、執筆家でもあるジェイミー・イアン・スイス(Jamy Ian Swiss)のオリジナル15作品が解説されている書籍だ。収録されているどの作品も高度なテクニックを要するものばかりで、とりあえず出来るようになった、という状態まで持っていくにも多くの時間がかかるかもしれない。

ただし、この本は難しいマジックが解説されているだけの本ではない。マジック研究家でもある著者のマジック理論や、マジックに対する考え、そもそもマジックとは何なのさ?というようなことが、エッセイの形でちりばめられている。正確にページ数は数えてないけど、全体の1/3くらいはマジックの解説ではなく”読み物”に割かれている感じ。

エッセイを読むと、妙にtheatricalな描写に苦笑する箇所もなくはないが、内容は非常に濃く、どんなマジシャンにもためになることが書かれている。

肝心なマジックのほうは、カード・マジックが9作品、コイン・マジックが4作品、スレッドを使用するマジックが1作品、そして、グラスのマジックが1作品。作品名がわかるように目次を紹介しておく。(太字が作品名、下線を引いたのがエッセイ。)

目次

謝辞

はじめに

本書について

武道としてのマジック

何故、マジックはくだらない見世物なのか?(Why magic Sucks)

カード・マジック

世界で2番目に難しいカードマジック(Stabbed in the Sandwich)

消えたエースの行方(The Vanishing Aces Revealed)

正直者のカード当て(Point Blank)

キス・オブ・ビックアップル(Kiss of Big Apple)

興味深いほど強烈なカードマジック(A Curiously Strong Card Trick)

カードに願いを(Wish Fulfillment)

仕掛けのいらない「見えないカード」(Gaffless Invisible Deck)

「虫の知らせ」決定版(Premonition Redux)

新しい「天井に貼り付くカード」(The Self Contained Card on Ceiling)

本当の秘密(Real Secrets)

コイン・マジック

仕掛けのいらない「ホッピング・ハーフ」(Hippity Cop)

手軽な「飛行するコイン」(Handy Coins Across)

卓上版イリュージョン(Well in Hand Okito)

ジャンボ・コインの扱い方(Direct Steal and Jumbo Coin Transformation)

レッスンと学習(Lesson and Learning)

アニメーテッド・リング

理論:“単純”なことですよ“簡単”ではないですがね(Theory : Simple not Easy)

使用する糸について(A basic thread primer)

照明の問題に光りを当ててみよう(Throwing some light on the Subject)

糸の持ち運びについてシンプリー・スイス(Gimmick : Simply Swiss)

アニメーテッド・リング(Animated Ring)

ザ・ソリッド・グラス

ザ・ソリッド・グラス(The Solid Glass)

謎の探求(The Search for Mystery)

訳者あとがき

この本を読んでから実際の著者の演技を見ると、理論を完璧に実践するのは本当に難しいんだな、ということに気付かされるが、自分の理想とするマジックをきっちり定義付けて、その理想に向かって努力していきたいと強く感じた。

まあ、理想や定義も時間とともに変化していくので、そういう意味でも本当に難しいのだが。

最後に、この本を読んで一番印象に残った一文を。著者がマジックを教える生徒に必ずする質問だそうだ。自分の胸にも突き刺さった一文。

p. 269

あなたがマジックを行うとき - いったい何をしているのですか?

「マジック」という言葉は、あなたにとって何を意味しているのですか?

『きみは、ひみつがまもれるかい?』 その4

2009 年 11 月 2 日 コメントはありません

『きみは、ひみつがまもれるかい?』その3の続き。

『きみは、ひみつがまもれるかい?』その1

『きみは、ひみつがまもれるかい?』その2

当初、4回にも分けて書くことになるとは思いもよらなかった「サーストンの三原則」。今回は最後にして最も重要な、原則3「種明かしをしてはならない」について。

(三原則の全文はについてはその1を参照。)

・最も重要にして、最も単純

この問題についてはホントにいろいろな立場の人が本やWebサイト/blogで書いているが、立場が違えば意見も違う。いや、ほとんどの人が種明かしはダメって表明してるんだけど、理由の方がさまざまだってこと。

お金の絡んだビジネス的なこと、道徳・マナー的なこと、昔から受け継がれてきた知的財産が・・・とか、他のマジシャンに迷惑をかけない・・・とか、種を明かされても実際には喜ばれない・・・とか、本当にいろいろ。

どれも正しいと思うし、意識するべきとは思うが、種明かしをしてはならない本当の理由はすごく単純だ。

マジックの基本は「不思議」だからだ。マジック=不思議と言っても過言ではない。

種のわかっているマジックは不思議でもなんでもない。ということは、もはやマジックとして成立していないとも言える。(*1)

マジックの演出はいろいろあると思う。かっこよくだったり、美しくとか、面白おかしくとか。どんな演出でもいいんだけど、不思議でなければマジックではない。

いやいや、種がわかっていても面白いものはあるよ、という声が聞こえてきそうだけど、そう思っているのはマジシャン、もしくはトリックや仕掛けに興味のある人間だけだ。

*1 一般の観客にとってはという意味。念のため。

・きみは、ひみつがまもれるかい?

種明かしをすると大抵の人は喜び関心してくれる。その一瞬だけだが。

その一瞬、マジシャンがくだらない優越感に浸り、観客の「へぇ」を聞く一瞬のためだけに、マジックから不思議を取り除いてはいけない。

何度か人前でマジックを演じたことのある人間ならば、少なからず種明かししたい衝動に駆られたことがあるはずだ。これを書く自分も、何度もその衝動は経験してるし、実際に種明かししてしまったこともある。

逆に言えば、そういう衝動や感情があるからこそ、それを禁じる言葉が生まれたとも言えるかもしれない。

不思議を保つためには秘密が必要だ。そして、秘密は秘密のままでこそ意味のあることだ。

何か不思議を実現できる秘密を手に入れたときは、自分の心に問いかけてみるべきだ。

『きみは、ひみつがまもれるかい?』

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マジックはアートか?

2009 年 10 月 29 日 コメントはありません

色々なところで書き尽くされている話題ではあるけど、自分の意思表明というか覚書程度の感覚で。

マジックをアートと見なしているマジシャン、完全に芸能と見ているマジシャン、どっちの要素もあるんじゃんというマジシャン。様々な意見があるかと思う。マジックは芸術か芸能かというやつだ。

どんな意見も否定するつもりはないが、個人的にマジックがアートという考え方には違和感がある。自分は完全芸能派。

きっとこれ、自分のマジックをどんな風に演出したいのかによって意見が分かれるのかもしれない。

とにかく観客を楽しませることを第一としている場合や、ライブこそがマジックの醍醐味だという人なんかは芸能と見る。

古典的な作品を美しく映像として発表することを主としている人などは芸術と見る。

とか。

どちらも見せることには変わりないんだけど、作品として形にするかどうかっていう違いもあるかも知れない。

どちらが正しい、正しくないではなくて、どちらに重きを置くのかということの違いだろうか。

でも、芸術かぁ・・・。芸術”的”なクラシック・パス、とかなら違和感ないんだけど、ね。

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日常的か?それとも非日常的か?

2009 年 10 月 24 日 コメントはありません

coins

コインマジックのコインの話。

・日常的か?それとも非日常的か?

ときどき、コインマジックを日本で演じるときに使うコインについて、日本人が普段見慣れている500円玉などを使うべきか、それなりに見た目のいいハーフダラーなどの外国のコインを使うべきかという議論に出くわす。個人的に、この二者択一的な考えがさっぱりわからない。

いや、これが、○○という演出をする場合にはどちらが~、とか、××という効果を生むためにはどちらが~、という議論なら無問題。

仕掛けを疑われないためには、日本人が日常的に目にする500円玉を使うべきだ、という意見も理解できる。

マジックを見ること自体が非日常的なことなんだから、使うコインも日常を意識させてしまう500円玉などではなくて、ハーフを使うべきだ、という意見も理解できる。

でも、どういった演出かという前提もなしに、コインマジック全般において常にどちらかだけが真であるとは断言できない。

常に、どういう現象をどういった演出で見せたいのか、といったところを念頭に考えたいものだ。そうすれば、使うべき道具はおのずと決まるだろうから。

ただ、マジックをやらない一般の方の意見としては「そんなのどっちでもいい。」というのが、決して少なくないのが悲しいところだが・・・。

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ブックストッパーで集中して魔法を覚える

2009 年 10 月 3 日 コメントはありません

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『本を見ながら作業するのに使える「ブックストッパー」が想像以上に便利な件』という記事で紹介されていたアイテム。

これ、マジックの道具じゃあない。

でも、マジックを覚えるときに絶大な威力を発揮する。

本を見ながらマジックの手順を追うときに、両手がふさがった状況で、本を開いたままの状態にしておくのが中々難しい。

物や別の本を置いて重しにしたり、両肘で押さたり。でもちょっと油断すると閉じてしまって、またページを探したり・・・。

そんなイライラに共感できるマジシャンには激しくおすすめ。

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冒頭の写真のように重りの付いた洗濯バサミみたいなもので本をはさみ込んで使う。

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カードマジック事典をはさんでみた。この本のように表紙が分厚い本でも、表紙以外をはさめば問題なく使える。

手順を追うのことに集中したい方はぜひ!
ブックストッパー

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『きみは、ひみつがまもれるかい?』 その3

2009 年 10 月 1 日 コメントはありません

『きみは、ひみつがまもれるかい?』 その2の続き。

『きみは、ひみつがまもれるかい?』 その1はこちら。

「サーストンの三原則」に関してかなり掘り下げて書いているが、今回は原則2「繰り返し同じマジックを演じてはならない。」について。
(三原則の全文はについてはその1を参照。)

・原則2「繰り返し同じマジックを演じてはならない。」に例外はないということ

原則2を破るということは、同時に原則1をも破ることになる。起きる現象だけでなく、演技の流れまでも把握されるからだ。

その1で書いたように、「2度目の演技では観客は何が起こるかわかっているため、種を見破ることに集中して見ることができるから。」というのはその通りなんだけど、マジックによっては例外があると思い込んでるマジシャンが大勢いるらしい。

例えば、このブログのタイトルの由来ともなっている「Ambitious Card」(アンビシャス・カード)というカード・マジックがある。観客に選んでもらったカードを、カードの山の真ん中に入れても一番上に上がってきてしまう現象を起こす作品で、その現象が何度も繰り返されるマジックだ。

このアンビシャス・カードがあるために、原則2には例外があると思われているわけだ。

でもこれ、考え方が違うだろうと思う。アンビシャス・カードの場合、現象が同じように見えても、毎回、その原理というか方法を変えているためバレにくいということがまずいえる。

というよりも、アンビシャス・カードは何度も同じ現象が起きるという一つの作品(演技)であって、これを原則2に当てはめて考えるならば、やっぱり、今やったばかりの同じ作品(演技)を繰り返してはならないわけだ。(*1)

原則2「繰り返し同じマジックを演じてはならない。」に例外はない。

逆に考えるならば、繰り返してはならないのは演技であって現象ではないということになるから、アンビシャス・カードはまったく原則2に抵触していないわけだ。

・繰り返される現象

その2でご紹介した映像は見ていただけただろうか?あの映像の中で、マジシャンは2つの演技で結果的にはまったく同じ現象を起こしている。

それでも観客に気づかれないのは、原則1を守っていることもあるし、原則2も守り、同じ演技を繰り返しているわけではないからだ。(*2)

*1

  • マジシャンが違えば、繰り返す回数も方法も違い、最後のオチでカードがサイフから出てきたり、別のカードと入れ替わりの変化を起こすなど、マジシャンそれぞれでオリジナルの手順を持っていたりして、それを特にそのマジシャンの「ACR (Ambitious Card Routine)」(アンビシャス・カード・ルーティン)と呼んだりする。
  • 原則2に当てはめると、そのルーティンを繰り返して演じてはならないということだ。

*2

  • 2つの演技の間に、別の現象を起こすマジックを演じている可能性もある。
  • 2つの演技で同じ現象を起こしたあと、さらに次の演技でも同じというのは厳しいだろうと思う。多分、観客はグラスしか見ていない可能性がある。(逆にそれがミスディレクションになりそうだがw)

・実は崩壊している原則1と原則2

ここまで長々と原則1と原則2について書いてきたが、現代においては原則1も原則2も崩壊している。マジシャンの側からこの二つの原則を守るようアプローチできるのはライブの場合だけだ。

ビデオテープに録画ができるようになったときから崩壊は始まっているが、特に最近ではYouTubeなどのインターネット上の動画サイトで、気軽に何度でも同じ映像を繰り返し見ることができるようになった瞬間、完全に崩壊した。

前回ご紹介した動画も、もし1回目に見たときに気づかなかったとしても、2回目からは嫌でもその瞬間が目に入ってくるし、あのようなあからさまなトリックではなく、見た目上は完全には種がわからないマジックであっても色々と推測することは可能だ。(非マジシャンの当てずっぽうな推測が当たっていることも多々あるw)

しかも、マジックを見たときに種を推測することも、マジックの楽しみ方のひとつであることは否定できないため、それを止めることは誰にもできない。

・それでも守りたい、原則1と原則2

だからといって、ライブにおいても破っていいかというとそれは違うと思う。

もちろん、ライブであっても観客のマジックの見かた、楽しみ方を強制はできないが、種を推測するのも忘れるくらい魔法の時間にハマるという、マジック本来の見かた(と、個人的には思っている)を提供するためには大事なことであり、基本的な原則だ。

・その4に続く・・・

このテーマに関しては、次のエントリで最後とするつもりだけど、「その4」では「サーストンの三原則」における最後の砦、原則3「種明かしをしてはならない。」について考えてみる。

では、最後に個人的に理想とする魔法の時間、というか種なんかどうでもよくなるような楽しい演技を見せてくれる、Tommy Wonderの映像を。

[ Cups and Balls - Tommy Wonder ]


トリックよりも大切なもの

2009 年 9 月 24 日 コメントはありません

スウェーデンのJohan Stahl氏。ペンとコインを使ったマジック。とにかく上手いんだけど、それだけじゃない。

このような映像ではなくて、いわゆるトリック動画と呼べるような映像が、YouTubeで探すとかなり多く見つかる。手元だけを映したアングルで、カードだったらパスなどの高度なテクニックやトリックなんかを披露している映像だ。いや、個人的にはそういう動画は大好きだ。よく探しては、「おお、すげー」とか「うまいなぁ」なんて喜んでるのも事実。

でも、そういった(手元のみの)動画で披露しているものをマジックと呼べるか、ということになると話はまた別で、やっぱりそれらは”トリック”を見せているだけで、”マジック”ではないと感じてしまうわけだ。

まあ、とはいってもマジックの定義なんて人それぞれだろうし、すべてに当てはまる明確な線引きはできないんだけれども。

細かい話は抜きにしても、Johan Stahl氏の演技を見ていて、マジックにはトリックよりも大切なものがあるよなぁと強く感じた。氏のトリックは技術的に見てとても上手いんだけど、それだけでは成立していない気がする。

その辺のところを今度、掘り下げて考えてみたい。

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