『きみは、ひみつがまもれるかい?』 その4
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当初、4回にも分けて書くことになるとは思いもよらなかった「サーストンの三原則」。今回は最後にして最も重要な、原則3「種明かしをしてはならない」について。
(三原則の全文はについてはその1を参照。)
・最も重要にして、最も単純
この問題についてはホントにいろいろな立場の人が本やWebサイト/blogで書いているが、立場が違えば意見も違う。いや、ほとんどの人が種明かしはダメって表明してるんだけど、理由の方がさまざまだってこと。
お金の絡んだビジネス的なこと、道徳・マナー的なこと、昔から受け継がれてきた知的財産が・・・とか、他のマジシャンに迷惑をかけない・・・とか、種を明かされても実際には喜ばれない・・・とか、本当にいろいろ。
どれも正しいと思うし、意識するべきとは思うが、種明かしをしてはならない本当の理由はすごく単純だ。
マジックの基本は「不思議」だからだ。マジック=不思議と言っても過言ではない。
種のわかっているマジックは不思議でもなんでもない。ということは、もはやマジックとして成立していないとも言える。(*1)
マジックの演出はいろいろあると思う。かっこよくだったり、美しくとか、面白おかしくとか。どんな演出でもいいんだけど、不思議でなければマジックではない。
いやいや、種がわかっていても面白いものはあるよ、という声が聞こえてきそうだけど、そう思っているのはマジシャン、もしくはトリックや仕掛けに興味のある人間だけだ。
*1 一般の観客にとってはという意味。念のため。
・きみは、ひみつがまもれるかい?
種明かしをすると大抵の人は喜び関心してくれる。その一瞬だけだが。
その一瞬、マジシャンがくだらない優越感に浸り、観客の「へぇ」を聞く一瞬のためだけに、マジックから不思議を取り除いてはいけない。
何度か人前でマジックを演じたことのある人間ならば、少なからず種明かししたい衝動に駆られたことがあるはずだ。これを書く自分も、何度もその衝動は経験してるし、実際に種明かししてしまったこともある。
逆に言えば、そういう衝動や感情があるからこそ、それを禁じる言葉が生まれたとも言えるかもしれない。
不思議を保つためには秘密が必要だ。そして、秘密は秘密のままでこそ意味のあることだ。
何か不思議を実現できる秘密を手に入れたときは、自分の心に問いかけてみるべきだ。
『きみは、ひみつがまもれるかい?』









